秋思 -------------------------------------------------------------------------------- 「もうすっかり秋だな」 窓の外を眺めていたユーリが独り言のように呟いた。 青々としていた木々はいつの間にかまとう衣を変え、赤や黄色という鮮やかな色へと移ろっている。 机で書き物をしていたギュンターは休憩のつもりか、ユーリの言葉に隣へと立つと窓の外へと目をやる。 手入れの行き届いた髪をすらりと長い指でかき上げ、背へと流す。 そんな何気ない仕草でも、眞魔国一の美形がすればまるで一枚の絵のようだ。 「秋は理由がなくても感傷的になるよな。もちろんおれは食欲の秋、スポーツの秋なんだけど。こう、なんだろ、うまく言葉にできないけど……」 日に日に冷たくなっていく空気や葉を落としていく木々を見ると、曇りガラスのはまった北向きの部屋で、虚ろな目の色をして溶かしたミルクなんぞ飲みたい気分になってしまう。 なんとなく、窓ガラスに息を吹きかけのの字なぞかいてみる。 小さく笑う気配がして、不意に長い腕に引き寄せられきつく抱きしめられた。 ギュンターの腕の力強さと温かさ、ほんのり甘い彼の体臭に包まれて身体から力が抜けた。 恋人同士と呼べる関係になってからそこそこの月日がたつが、未だにこういうスキンシップに慣れない。 ちょっと手が触れたり、抱きしめられたりするだけでも本当にドキドキしてしまう。 だから。二人きりで執務室で魔王の仕事をしているとき、実はとても緊張している。 秀麗な顔立ちによく似合った華奢な眼鏡をかけて、てきぱきと書類を仕分け分類している姿は思わず見とれてしまうほど。 そのたびに手がお休み状態になってギュンターに注意されるのだが。 今みたいに休憩中は別で、ギュンターはとても優しい。 毎回種類の違うおいしいお茶を淹れてくれるし、さりげなくユーリ好みのお菓子は用意してくれているし。 「陛下、いつも思うんですが……どうして私が触れると必ず身を固くするのです? 本当は私のことがお嫌いですか」 腰付近にまわされた腕の力がわずかに緩む。 「お嫌ならば、やめます。あなたに嫌われ疎まれるくらいならば、カイジャリスイギョに生きたまま食らわれた方がマシです」 憂いを含んでスミレ色の瞳が悲しげに曇った。それでもギュンターは微笑を崩さない。 それが逆にユーリの心を締め付けた。 「ちがっ…おれは触れられるのが嫌なわけじゃないし、ギュンターのこと好きになったの後悔なんてしないよ。ただ……」 「ただ?」 紳士の顔から男の顔になってギュンターはユーリの言葉が欲しいと言い募る。 「慣れなくて…。嫌だからじゃなくて…その…。好きすぎてどうしたらいいのかわからなくなるんだよっ。なんかおまえさりげなーく触れてくるし、それがまたブラボータラシテクだっていうか」 照れくささにユーリは白状したあとあさっての方に視線を彷徨わせた。 「タラシ……ですか。心外です、といいたいですがあながち間違いでは…ないです」 ギュンターの衝撃の告白にユーリの顔から血の気が引いた。 こんなに自分のことを好きだといっていて他にもいい人がいるというのかと。 自分はキープ何号なんだろうと考えて落ち込んだ。 「で? おれは何番目なの。最終的にはどっかイイトコのお嬢さんと結婚するからおれを捨てようとかいう考え?」 ユーリの考えはネガティブ方向につき進む。 そんなことないと必死でうち消していたこと。 眞魔国一の美形が、顔も頭も一般ピーポーの自分など本気で相手にするはずないと心のどこかで思っているのを、まざまざと実感させられる。 「陛下は………それでいいんですか?」 表情を変えぬまま、ギュンターが問い返した。 「い…いいんじゃない……っ? ギュンターのじ、ゆうだろ……。恋愛の自由、結婚の自由はあるわけだしっっ」 泣きそうだ。でもそんなこと知られたくないから、ユーリは無理矢理強がってみる。 そんなことをしてもギュンターはすべてお見通しのようだが。なにしろすでに涙目だから。 「言ってることと表情が食い違ってますよ。ばかですねぇ。私は陛下一筋ですよ」 ぽん、と頭の上に手を置かれたかと思ったら、ギュンターはユーリの頭をなでなでし始めた。 それも、子猫でもかわいがるような手つきでとてつもなく大切そうに。 ギュンターの手は大きくて、あたたかくてとても安心する。 もしこの手の温もりすら嘘でも、こんなに大切にしてくれるならばユーリは許せてしまえそうだ。 もし最後に泣くことになってもかまわない、そんな気持ち。 ユーリがギュンターを見上げるとふわりと浮かべた微苦笑はとても穏やかで、ユーリの胸がまたときめきにうずいた。 「恋に不誠実だっのは昔の話。今は違いますよ。昔は、ね、プライドばっかり高くて自惚れの強い嫌なガキ…とと、子供でした。自分で言うのもなんですがもてましたよ。調子に乗ってくる者拒まず、去る者追わずのやらずぶったくりですよね」 そこまでいってギュンターはしばし口ごもった。 切なそうに、辛そうに、形のよい眉がきゅっと寄る。 小さくため息をついた。 「それでもね、心は空虚だったんですよ。見せかけの想いに嘘ばかり重ねて。 あの頃、好きの言葉の意味は羽根よりも軽かった。口先だけ。気持ちなんて入っていなくて」 ユーリの知らないギュンターの過去。 この容姿に家柄、頭脳 財産すべてそろっているのだから、女の人たちは放っておかないとユーリは思っていたか実際ギュンター本人の口から聞かされるとやっぱり堪える。 無意識のうちにギュンターの服をつかんでいた。知りたくないような、でもここで聞いておかないとあとあとしこりが残るような気がして、ユーリは下唇をかみしめ葛藤している。 「そんなに力を入れては傷になってしまいますよ。私はあなたに会って本当の愛を……見つけた気がします。過去をないものにはできません。あのときの不誠実だったことを反省し、私はもう迷いません。これが……愛と呼べるから」 言い切ってユーリの黒の瞳を見つめた。 澄んだスミレ色の瞳にユーリが映りこむ。真摯なその瞳に嘘はない。 「こんな私では…………だめですか……?」 今までの男前な顔をへにょ、と情けなく歪めギュンターは尋ねた。 首まで傾げて、イメージは捨てられ寸前の子犬だ。 「だめじゃない!!」 叫ぶとユーリはギュンターの胴に抱きついた。 「ぜんっぜんダメじゃないよ! 飽きるとしたらおれより先に絶対ギュンターの方だから。 ギュンターがプレミア級のいい男なのはわかってる。それに対しておれはこんなへなちょこぴーだし。そこら辺にいくらでも転がってる感じだろー」 いくら双黒だ、見目麗しいと持ち上げられてもユーリの目には野球小僧で普通の高校生の自分が映るばかりだ。 とてもじゃないがギュンターたちが言うような希有な存在には思えない。 誉められても、またまたぁー口がうまいですねぇーてなもんである。 「またそんなご謙遜を。陛下は地上の光、私にとっても国民たちにとっても太陽なのですよ。 そもそも、そこら辺に落ちてるんでしたら私は全部拾って持って帰りますよ、もったいない」 そういってギュンターはいたずらっぽく笑うと、ユーリの唇をさらっていった。 「!!」 突然の出来事に、ユーリはただ呆然とし驚き焦るばかりだ。 なぜならば、ギュンターとキスするのは初めてだから。もっともギュンター以外の誰ともキスしたことはないけれど。 「ほら、こんなに初々しくてかわいらしい反応をしてくれる。とてもじゃありませんが他の人になんてあげられませんよ。あなたはすべて私のものです。もちろん、私のすべてはあなたのものですが」 恋人同士になってそこそこの月日がだっていると前にも言ったが、ギュンターは手を握ったり、スキンシップ程度の接触しかしてこなかったのだ。 それでもギュンターはとても優しくて、その優しさが怖かった。 神田川かよ! というセルフツッコミをしないわけでもないが、なにかしら恋人としての証みたいなものがほしかった。 付き合いはじめて間もない頃に軽い気持ちでギュンターに「キスしよっか?」といったらさくっとこういわれたのだ。 「まだちょっと早いですよ」しかも苦笑付きで。 だったらいつなら早くないんだよ!と逆ギレたことを思えば、今の気持ちはどう言い表したらいいかわからない。 「ねぇ……ギュンター、おれ、泣いていい? 知らなかった、好きな人とキスしてこんなに胸がいっぱいになってドキドキするなんて」 「もしかして…ずっと気にしてました…? 一度タガがはずれたら際限なく暴走してしまいそうだから自制していたんですが…」 「暴走していいよ。おれはついていくから、どこまでも 」 囁く小声でギュンターの耳元に吹き込み、ユーリは精一杯背伸びをすると口づけた。 「おれも愛情もバナナと同じで食べどきが難しいよ? 賞味期限はギュンターが飽きるまでだけど、なるべく早めに食べた方がいい」 意味深なセリフでギュンターを挑発して、ユーリは不敵に笑った。 驚きに目を丸くするギュンターにユーリはさんざん、ドキドキさせられたことへの溜飲を下げたのだった。 |
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